ニュータウンの今

日本初である!
様々なことがことが言われながらも、日本最初のニュータウンということで、注目されてきた街である千里ニュータウンですが、その一方で様々な問題と立ち会ってきました。
そして、現在では高齢化、老朽化などの様々な問題に対して立ち向かっています。
部分的なリニューアルは常に行われてきたことではありませんが、地域センターの活性化の必要が討議され始めたのは、まちびらきが近づいた2000年前後からとなっています。
集合住宅の建て替えについての議論は、結局は吹田市と豊中市が市民と協議し、各種構想とガイドラインが整備されています。
2007年には、㈶大阪府タウン管理財団と連携したニュータウン再生指針なるものを発表しています。
これは、ニュータウンの解放感を生かして、新しく住む人を誘うための道筋がつけられれており、結果的に古くなった団地の建て替え、民間マンションの建設が進んだ結果もあり、人口、そして児童数はわずかではありますが、増加傾向にあるのです。
問題点の解決
この街は、ニュータウンであるが故に、様々なメリットがありながらもデメリットも発生させてきたわけですが、現在ではそういった問題も解決の方向に進んでいます。
なんといっても、住みよい街にしようという動きが住民の中でたくさん出てきてくれています。
近隣センターにおいては生活支援施設などが誕生しており、これによって、歩いて暮らせる町としての役割が期待されている部分が大きいです。
千里ニュータウンの住人には強い愛着があり、住民グループや自治会やによる活動も活発化しています。
初期住民の高齢化が進むことはもちろんですが、それと同時に新しい若い世代の姿が民られるようにもなっており、それらの家族間の助け合いも立派な街のテーマとなっているのです。
実験都市
千里ニュータウンは、昔からそうなのですが、今でも実験都市としての側面を持っています。
この実験都市が再生するということは、アジアや日本国内のニュータウンに対して多くの示唆を与えることになるはずです。
最初に誕生したニュータウンは、いつまdも最初のニュータウンとして発展を続けていきますから、、今後に対しても何かしらの期待を持ちたいところではありますね。